ダメージ・ディスカバリー その1
そもそも侵害してるかどうかも分からないのになんでそんなことをしなきゃいけないんだ!という人もいらっしゃるかもしれません。これはそういう決まりだから仕方がないんです。。。ですから、あくまでも「侵害されているとしたら、いくらなの?」というのがダメージ・ディスカバリです。侵害の有無は技術ディスカバリで争います。
日本企業に対して特許侵害裁判が提訴され、ダメージ・ディスカバリをやるとします。まず、訴訟を担当している知財担当者の方がしなくてはいけないことは、社内で適切な協力者を得ることです。ダメージ算定のためにこれまでお付き合いがなかったような部署の人達の協力が必要です。ですから、まずはそうした部署に話を通し、担当の方をつけてもらうことが必要です。関係部署は、「侵害している」と言われている製品の企画・製造・販売に関わる人たちです。以下のような部門の人達です:
-商品企画
-営業
-経理
-製造部門(工場の調達、生産管理、経理、営業など)
-総務
つまり、普段、「特許」とはあまり縁のない人たちが多いんです。こういうところにいきなり知財部門が「資料を出してください」と言っても怒られます。多くの場合「忙しい」「なんでそんなことしなきゃいけないんだ」と。うーん、ごもっとも。ですから、初期の段階で「こういう侵害裁判が起こってしまいました。将来的に皆さんからご協力を得て、侵害されているとしたら損害賠償がいくらなのか、を算定するための証拠開示手続きをしなくてはいけません。何卒ご協力をお願いします」と、話を通しておくほうがいいでしょう。ギリギリになって、突然「協力してください、資料出してください」と言っても協力してもらえるわけがありません。
関連する部門だけをみても、技術ディスカバリよりもずっと広がりがあります。ですから技術ディスカバリの数倍、時間も労力もかかるのがダメージディスカバリ、と思っていただくほうがいいです。それなのに、このダメージディスカバリを明確な理由も無く後回しにしてしまう弁護士さんが増えつつあるのは嘆かわしいことです。あとで苦労するのはクライアントさんなのに、ひどいなあ、と思います。だって弁護士さんは最後にはクライアントさんの知財部門の方を「このデータがなければ、相手がとんでもない数値を損害賠償として要求しても反論できませんよ!?いいんですか?」って脅すんですもの。期末で忙しい経理や営業の方との間に入る知財部門の方が気の毒です。何度もそういう場面に遭遇しましたが、後で、「もっと早くクライアントさんにお知らせすべきじゃなかったの?」とクライアントさんがいないところで言うと、「最終的には彼らの判断だ」って言う弁護士さんが多いです。そりゃあんたの給料にはひびかないだろうけど、もう少しクライアントさんのこと考えてよ、って思います。
米国特許侵害裁判の損害賠償の対象は米国に入った対象製品のみですが、「どれが米国に入ったのか」を追いかけるのだってとても難しいんですよ。商流が単純明快であればいいですが、たとえば部品について特許侵害裁判を起こされたとしたら、その部品を使用した最終製品のどれが米国に入ったのか、を割り出さないといけないわけです。最近、このケースが多いのが半導体に関する特許侵害訴訟ですね。もうこれは気が遠くなるような作業です。しかし、裁判で「できません」とはいえませんから、論理的にこれをやっていく必要があります。
他にも、日本国内で米軍基地で販売されたものは「米国に入った」とみなされますから、それも対象に含めますし、米国で販売されていなくても、最終仕向地に到着する前に米国内に入ったもの、もアウトです。保税倉庫から出て米国内を縦断してカナダに入り、カナダで販売された、なんていう製品も損害賠償の対象になります。(保税倉庫から出ていないものはセーフだったと思います。)
そんなこまかくやらなくてもいいじゃん、と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも!これが裁判の怖いところです。一つでも、相手の弁護士に穴をつつかれるようなことがあれば、それで陪審や判事の心証がとても悪くなります。例えば、日本国内の米軍基地で販売された製品が対象に入っていなかったとしましょう。すると、相手からの質問によって「この記号はなんですか?」「それは日本国内の米軍基地が仕向地、という意味です」「台数は対象期間中に5台あるようですが、これは損害賠償算定に含まれていますか?」「!・・・含めていません」なんていう証言を取られた日にゃあ、もうダメです。たった5台ですよ!?多分、損害賠償金が500円くらい足りない、とかそういうレベルですよ。でも、こういうのが一つ出ると陪審員や判事は「まだ何か漏れがあるんじゃないの?」と思ってしまいます。ダメージディスカバリはまさしく「重箱の隅をつつくような」作業でなくてはいけません。
こうしてみるだけでも、ダメージ・ディスカバリがどれほど大変な作業かお分かりいただけるかと思います(実際に担当された方もたくさんいらっしゃるでしょう。お疲れ様です。。。)。余談ですが、ずっと訴訟案件をしてきた人たちが、知財経営に向いているか、というと、よっぽどうまく切り替えが出来ない限り、答えはNOです。経営の真髄は優先順位付けです。しかも、「100%の情報が分からないと判断できない」というような人は経営者ではありません。経営者は全体を俯瞰し、20%程度の最も重要な情報から優先順位付けができるからこそ経営者なんです。これに対して訴訟対応は100%どころか120%の細かさで、漏れが全く無いようにやるわけですよね?正反対のメンタリティなんですよ。ですから、それぞれのアプローチが全く異なる、と知った上で、さらに本人に「俺は今経営をしている」「俺は今訴訟をしている」と切り替える自律心がないと、部下が困ります。重箱の隅をつつくような経営をされたり、100%の情報が集まらないと俺は決めない!と騒いだり、あるいは、20%の情報で訴訟で証言に立ったり。。。想像しただけでも吐き気モノですね。恐ろしい。
さて、次回からは上記に挙げたような商品企画や営業部門の人達からどのような情報をもらわなくてはいけないか、を順番に見て行きましょう。